相田みつをとの出会い


若き日の相田みつをと
旅館なか川との出会い

相田みつをとの出会いは
昭和20年代始め…
当店がまだめん割烹なか川ではなく旅館なか川と
して営業していた頃、若くして自分の書を書きたいと
夢見る、若き日の相田みつをが旅館なか川に
自転車に風呂敷で包んだ作品を持って訪れてから
相田みつを と なか川 の
ストーリーが始まりました
「作品が出来る度に
うちに持っていらっしゃいよ」
昭和20年当時、旅館なか川の女将
中川光子は、若かりし相田みつをが
書の作品を書き始めたが、思うよう
に販売もままならないことを知り


相田みつを…「私の出発点はココの店」
旅館なか川のデザインをしてみるかい?

「作品が出来る度にうちに持っていらっしゃいよ
いいのが書けたらみんな持っておいで…
買ってあげるから、」
と声を掛けてあげたのがきっかけで
相田みつをは作品が出来るたびに旅館なか川に
持ってくるようになりました
これをきっかけに
旅館なか川と相田みつをのストーリーが
出発の時を迎えました








「今度、うちの旅館の看板を作ろうかと
考えているんだよ! みつを…よかったら
旅館なか川のデザインしてみるかい?」
「ぜひともやらせてください!」
これが相田みつをのデザイナーとして仕事を
する きっかけ となりました。
「へぇ〜 上手なもんだね〜
それなら看板だけでなく
次はうちの旅館の各部屋に飾る部屋札や
箸袋に旅館なか川のハンコ…
マッチ箱なんかもいいね〜
そうそう、ろうけつ染めができるのなら
のれんに座布団カバー…
あと御年賀に配る手ぬぐいも作りなよ!
旅館の各部屋の名前にちなんだ
作品なんかも デザイン しなよ!
とにかくうちの書くものや布物はすべて
あんたがやりなよ!
任せたからね!
こんな事から当時の 旅館なか川 は
相田みつをの奇妙な字があちこちに存在する
旅館となりました
今を思えば、なんとも贅沢な旅館とよく言われます
なにが贅沢かっていいますと
皆さんがお使いになった座布団カバーまで
すべてが相田みつをの作品だったのです
たくさんのお客さんのお尻の下に敷かれたり
枕にされたり、踏みつけられながら
長い間、使用されておりました
なか川でのデザインの仕事 を託されたのを
きっかけにデザインという新たなジャンルを
見つけた 相田みつを は
なか川での出来事 から 10年ほど後に
足利にある和菓子屋さん2件…
香雲堂本店 や 虎谷 の 包装紙 なども
みつを はデザインの仕事を手掛ける事になります
つづく

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相田みつをのふるさと足利観光
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にんげんだもの相田みつを物語
作品・写真の無断掲載は禁じられています。(相田みつを作品の一部あるいは全部を無断で複写複製(コピー)することは、 法律でみとめられた場合を除き、著作者及び出版社の権利の侵害となりますので、その場合には予め めん割烹なか川 まで承諾を求めてください)